遠目からでも一際目立つ、競技場に揺れる茶色い髪。
相澤走だ。
スタンドから見ていても、陸上なんてさっぱりだから、相澤が何に出場しようとしてるのかも、わからないけど。
 太陽が昇るにつれて、じりじりと気温も上がっていく。
うっかりしていると、熱中症や脱水症状にもなりかねない。

「相澤くん、なんで坂高に来たんだろうね。
才能あるのに…なんかもったいないよ」

不意に、隣で望がぽつりと漏らした呟きが、まっすぐわたしに突き刺さった。

「…そうかな」

スタートの準備をする相澤に目を向けたまま、答えた。
足元に置いた水のペットボトルが倒れて、ポチャンと音をたてる。

「わたし、真思もそうだと思う。
なんで坂高に来たの?もったいないよ」

きっぱりと、望は言い切った。

 合図とともに、相澤は走り出した。

 足元に転がったペットボトルを立て直す。
望の視線は、トラックを走る相澤にあつく注がれている。

わたしは黙って目を伏せた。



     *


 三年前のことは、今でも覚えてる。
中学三年の秋、その日は文化発表会だった。

「平岡さんかな?この絵を描いた」

声をかけてきたのは初老の男性。
後ろには顧問の宮下先生が立っていた。

「はい。わたしが描きました」

目線の先にあるのは、今年一番の自信作、全国で最優秀賞をもらった作品だった。

宮下先生の説明を受けながらわたしの絵を見ていたこの初老の男性こそ、センちゃん先生こと妹尾仙蔵だったのだ。

妹尾仙蔵はしばらく、黙って絵を見つめていた。
やがてゆっくりと顔をこちらに向け、言った。

「悪いけど、宮下先生、ちょっとはずしてもらえるかな。
彼女と話がしてみたい」

そのために来たんだ、と付け加えて。