Aさんの家は歩いて五分の所に海がある。

遠浅のその海は、春は潮干がり夏は海水浴と賑わいを見せる。

その時期になると海の家が多忙を極め、近所のよしみでAさんはよく日雇いのアルバイトにかりだされた。


Aさんが高校二年の夏のことだ。


毎年恒例の忙しさに加え、村おこしのイベントも重なった為Aさんはヘトヘトに疲れていた。


「よう頑張ってくれたな。今日は客室空いてるし、泊まっていき」


旅館も兼ねていたその店に泊めてもらえることになった。

歩いてすぐに帰れるが、ちょっとした旅行気分も悪くない、と、Aさんは友人5人とともにその言葉に甘えることにした。

海に面した角の部屋に皆で入りこんだ。

大人たちは下で宴会をしている。

Aさんたちは修学旅行のようなノリを楽しみながら、しばらく話をしていた。

そんなとき、友人の一人がこんなことを言い出した。


「海辺やし、旅館やし、こういう所って出るんちゃう?」


皆はそんなアホなと笑い飛ばした。

だが。

例えばこんな話があった…という怪談話をいくつか聞くうち怖くなってきた。


「そういう部屋って絵画の裏とかに御札貼っとるいうよな」


なるほど、と、思った。


それが無ければ大丈夫という保証に繋がる気がしたので、皆で、屏風やら花瓶の底やら箪笥の引き出しやらを調査した。

御札らしきものは見つからない。


なんや。
大丈夫や。


安心と1日の疲れで皆、一気に眠たくなって、寝た。


真夜中のことだ。

誰かの呟きのような声に、Aさんの友人の一人が目を覚ました。

呟きは低く小さな声だったが、女性の声に聞こえる。

冷蔵庫の電子音にも似ているが、この部屋に冷蔵庫はない。


なんや。
どっから聞こえるんや。


酔っ払った誰かが海辺で吐きながら愚痴っているのだと思った。

だがそれにしては声が近い。


耳障りなそれを追うように耳を澄ませると、どうやらこの部屋の中から聞こえる。


ここ?