いつも身につけられるそれがいい。

いつも私と共に在れるそれがいい。

彼の選んだものを常に身につけるということ、それは、彼のものであるという証になるような気がした。

彼のものであるという印になるような気がした。

たとえそれが真実でなくとも

私はそれに酔ってみたかった。

それを演じてみたかった。


けれど、彼の選んだのは簪ではなく櫛だった。


迷いのない手がそれを掴み、店主に渡すのを見て闇に突き落とされる。


――線を、ひかれた。

―――また。


『ここから先は、入ってくるな』と。


それ以上は過干渉だと。

お前など、義務でしかないと。


『うぬぼれるな』。


桂乃皇子の言葉が、こんなところまで追いかけてきて私を刺し貫いた。


彼は、『忍』。

私の『監視』を命じられただけの、ひと。


私の体は決して彼のものにはならない。

彼が絶対に求めないから。

心はすでに彼のものだったとしても、体だけは絶対に彼で染まることはない。

私はそれに値しないから。

だからせめて形だけでも、体に彼を纏いたかった。


…それすらも拒絶された。


彼は、嫌だと言ったのだ。

私に自分を刻むのは嫌だと言ったのだ。

欠片でさえも自分を身につけることを許さなかった彼は、無言で購入した櫛を私に渡し店を出た。

こころなしか、足が速い。

それが私との距離をもっと広げたいという彼の心根に思えて、視界から色が抜けていくようだった。

努めてあとに続きながら、喉がしめつけられるような切なさに泣きそうになる。

涙などなくしたはずだったのに。

枯れたはずだったのに。

私に自分を刻むのは嫌だと言った彼は、すでに戻れない程私の心に自分を刻んでいることを知らない。

すでに過分なほど私の心を引きちぎっていることなど知らない。

彼の背には任務しかない。

私は任務の付属でしかない。

その徹底した態度に、はじめて非情なものを感じた。

一度も振り返ってくれない。

彼にとって私に施す様々など

なんの深い意味もない。