何も言わずひたすら私を甘やかすこの人に脈をあげられる。

迷惑だろうに。

足手まといだろうに。

それでも彼の与えてくれた機会が嬉しくて、もう帰ろうと言えずにいる私は本当に至らない。

大体の買い物を済ませ、最後に肉を買うといって彼が店に入るのに添う。

生肉の吊るされた店に驚きはしたものの、感動が強かった。

新鮮なものばかりで匂いもひどくない。

良い猟師がいるのだろう。


「花が欲しい。できれば紅葉も。あと…肝か」


『花』。
鶏の肉。

『紅葉』。
鹿の肉。

文献でしか聞いたことのない言葉が実際に目の前で使われることにどきどきする。

注文され包まれる様子を覗いていると、店主に凝視されていることに気付いた。

そのあけすけな視線に、緊張が走る。


…なんだろう。

なぜ、こんなに見られるのだろう。

私は何かおかしかっただろうか。


私が『西の国の正室』ということがばれることは、まずない。

人々は私の顔を知らないからだ。

ならば、裕福な身分だと悟られたか。

彼の金の使い方が一般からしてどのくらい豪遊なのか、私に知るすべはない。

しかし肉は高級品。

しかも野菜、米、魚まで手に持っている。

下界で裕福と思われるのは良策ではないと彼に教えられた。

飢饉で貧困を余儀なくされた民は、贅沢を妬む傾向にあり

資産があるというそれだけで悪目立ちをするというのだ。

それは、身分を忍んで行動する私達にとって確かに好ましくなかった。


…ばれたのかもしれない。

私が裕福な身の上だと。


背筋に冷たい汗が流れた。

私と彼は夫婦という設定。

しかし彼は過剰に私を気遣い決して対等ではない扱いをしている。

私が至らないばかりに、そうさせている現実が『箱入り』を思わせたのかもしれなかった。

…ばれたのかもしれない。

街の一人に妬まれると情報はどれくらいでどの範囲に廻るのだろう。

それは、避けたい恐怖だった。

どこでどんな噂に繋がり、彼の身に危険が及ぶとも限らない。

私のせいで彼に危険が及ぶ。

…それは、嫌だった。

…絶対に。


「…さっきから見てたんだが…」


私と同じく彼にも、張り詰めた緊張が走った。

そんな私達の雰囲気を知ってか知らずか

店主は殊更神妙な顔をする。


「あんたもしかして…」


…ばれた。

きっと、ばれている。

彼が私を庇うように立つ。

店主の次の言葉に神経を集中し、どう切り抜けるか思考を巡らせているようだった。

こんな時まで彼に頼ってばかりの身が呪わしい。


本当に私は至らない……。


そんなことを考えて沈みそうになった時だ。


「身重か」


…………え?

想像もしていなかった台詞に、言葉を失った。