陽が差し込む部屋の中に座り、纏った服の柄を見つめ続けていた。

淡い花の柄はとても単調で簡素で可愛らしく染め抜かれており、重くて美しいだけの刺繍よりずっと温かみがあった。

そっと手を上げる。

腕が軽い。

常に纏っていた着物と違い袖の短いこの衣装はとても動きやすく、心まで軽くなるようだ。

軽い。

すべてが。

腕も、足も、身も、心も。

ここにいるのは、『姫』ではないのだ。

まとわりつく重みから解放されて改めてそう実感する。

私は、今、『姫』ではないのだ。

重い着物を纏い、這うように室内を歩く女ではないのだ。

軽い服を着て軽快に外の世界を歩き、陽にあたり、時に駆け、仕事をしたり気分転換をしたりする『普通の民』であるのだ。

ここにいるのは『朧』。

朧という、ひとりの女。

面映ゆい気分になり、下を向く。


朧。

…朧。

私の、『名』。


名というのは不思議なものだ。

得て、初めてそう思う。

有る。

名が有る。

それだけで、地に足でついているような気持ちになる。

存在というものが、世界に許されたような気持ちになる。

風が冷たくとも、夕焼けが厳しくとも、朝の光が濁っていても、決して魂が崩れず溶けずぼやけずに。

生命体として、人として、迷う事なく心臓は動く。

そんな力の源を得たような気持ちになる。

名がある。

それだけで歩ける気がする。

どんな明日でも。

いつでも、どこにいようとも、何かに抱きしめられている。

そんな気持ちになる。