私の与えられたさびれた離れには食事を運ぶ人間しか来なかった。

その人間すら私と会話をしてはくれず、たまに笑顔を見せるのは、その食事が倒れて食べられる代物でなかった時や虫が入っているのを見つけた時だけだった。

暗殺者さえ私を狙うことはなかった。

私は殺すにも値しない人間だと、誰もに知られていた。


私はこの国を滅ぼす凶事。

誰もそれを忘れず、そして誰もそれ以外の目で私を見てはくれなかった。


そんな折、西の国の皇子が婚姻を申し込んできた。

西の国と東の国が長年諍いをしているのは周知の事実だったが、最近ことに武力の勢いが増した北の国に対抗するには一旦とはいえ手を結ぶより他になくそれには婚姻という契約が一番平穏に済むという事はわかっていた。

誰もが『陽の姫』の婚姻を憂いた。

正室として嫁ぐとはいえ敵国。

愛しいあの光の姫が辛い思いをするのではないかと憂いた。

私が嫁ぐ可能性など
欠片もなかった。

微塵もなかった。

これは婚姻の形をとった契約。

契約には価値のあるものが賭けられなくてはならない。

その点において私は足りない。

私には
なんの価値もない。

東の国の妹姫が忌み嫌われた禍者だと他国も知っている。

嫁ぐのは『陽の姫』だ。

誰もがそう思った。


しかし西の国の皇子は、桂乃皇子は私を望んだ。


『聞けば『陽の姫』の妹君、『月の姫』は類稀なる才女とお聞きした。是非その方を頂きたい』

…と。


望まれたことに驚いた。

選ばれた事に驚いた。

そして、嬉しかった。

必要だと言われた気がした。

はじめて。

私に価値があるのだと言われた気がした。

そしてなにより、『月の姫』という美しい呼び名で呼んでくれた。

嬉しかった。

涙を必死でこらえた。


その話を受けながら思った。


この人についていこうと。

この人の傍に在ろうと。


この婚姻は契約。

けれど私は本当にしよう。

真実にしよう。

そう
思った。


…なのに。