姫は今日を終えればもう二度とこうして外に出ることを望まないだろう。

俺の欲望で連れ出した今回の外出で、どれだけの心労と疲労を背負わせてしまったか把握しているつもりだ。

俺が姫ならもう二度と出たいとは言わないだろう。

自分自身の為もあるが、なにより相手の事を思って。

言葉にはしないが、姫は自分の存在が俺に迷惑をかけたと後悔している。

さらに危険に晒されたとも危惧している。

自分はともかく、俺に危険が及ぶことを姫は是としない。

姫の優先順位は常に自分以外にある。

それが俺への特別な感情ではない事に痛むのは、ただの俺の身勝手だ。

もう二度と、外出などするべきではない。

正常な脳なら当然そうする筈だ。


………だが。


俺は知ってしまった。

姫を『妻』と呼ぶ幸せを。

俺は味わってしまった。

朧と『夫婦』と呼ばれる愉悦を。


赤面に崩れる、あなたの顔を。

それを独り占めにする満足を。


それは甘くて。

―――甘すぎて。


「まだ寒い。花開くにはあとひと月ほどかかります」


…言ってはならない事を言おうとしているのに、気付いていた。

これは、まぎれもなく罪だ。

世界に対する裏切りだ。

……なのに。


「ですが…」


―――止められない。


「ですが姫が『外』に慣れる頃には良い具合に色づくでしょう」


呆然とした顔が俺を見つめ返してきた。

それに心臓を奪われないように努めながら、俺は早口に喋る。


「その季節を迎えるまでに食物の見かたを覚えていただきます」


二度と外出をしないなんて、言わせない。

あなたが求めないのなら、そうするしかなくなるように追い詰める。

卑怯な言い訳を用意して。

純粋なあなたが拒絶できないように巧みな罠を張り巡らせる。

二度と俺と『夫婦』をしないなんて、許さない。


あなたは『朧』。

俺の――――『妻』。


何度でも演じてもらう。

何度でも。


それが俺の我儘だとしても


――――かまう

ものか。