この女は何も望まない。


それを改めて思い知らされ、俺は毒を飲まされたような気持ちにさせられる。


この女は何も望まない。

何も。

誰も。


……俺も。


姫が哀れで外に連れ出した。

楽しませたくて。

姫が愛しくて外に連れ出した。

特別になりたくて。

けれど姫には響かない。

姫はそれ以上を望まない。

俺が与えれば受け取りはする。

しかし自分からは手を伸ばさない。

それほどの気持ちがないからだ。

こんなにまでしても、こんなにまで思っても、朧は俺に一線をひくのだ。

『遠慮』という、どうしようもない一線を。

その一線がなくとも、俺達の間には『身分』という越えることのかなわない壁があるというのに、朧はそれ以上に俺と距離を保ちたがる。

それが切なかった。


…勝手な事を言っている…。


自嘲した。

近づくなと思い、線を引き続けたのは俺だったのに、いつしかそれを越えたくなり、越えてくることを望んでしまっている。


…愚か、だな…。


白く滲む外を眺めながら俺はそう思った。

空には灰色の雲。

降り注ぐはいまだ冷たい雨。

そこに佇む、花も持たぬ春に焦がれるだけの桜木。

しかし俺と姫が2人で迎えている景色というだけで、俺にはこれが最上のものに見えた。

時が、止まればいい。

このまま。

心からそう思った。


――春など、来るな。


いつか来るふたりの時間の終わりを呪いながらそっと、そう願う。


――春など、来るな。


時が、止まればいい。

ずっとこのまま。

今のまま、一時たりとも動かなければいい。

すべて。

凍り付けばいい。

過去も未来も現在もすべて。


――春など、来るな。

―――時よ、止まれ。


簡潔明瞭なこの祈りの言葉は、まるで決して明けられぬ愛の告白のようだった。

決して叶わない思い。

だからこそそれは、永遠に告げられ続ける。

永遠に乞われ続ける。


春など、来るな。

時よ、止まれ。


……愛している。


動くことの許されない場所から呼びかけ続ける。


…ずっと。