「ごめんなさい」


何度目かのその姫の言葉に


「姫のせいではありません」


俺もまた何度目かの否定をする。

夕雨に、つかまった。


できるかぎり帰路を急いだのだが、屋敷に着く前に空は泣きはじめてしまった。

目測を誤ったのではない。

だが確実に俺のせいだ。

姫との時間が予想以上に心地良すぎて無意識に足を緩めていたに違いない。

―――もう少し『霧夜』と『朧』でいたい。


…もう少し。

…あと少し。


その欲望がこんな失態に繋がった。

完全に俺のせいだ。

しかし姫はどうやら自分の足が遅いせいだと勘違いをしたようで暗い表情をしていた。

俯く姿が心配になり、覗きこむと、ハッとした表情になる。


「疲れましたか?」


姫はそれに答えなかったが、疲れていない筈はなかった。

俺は帰路を急ぐことを瞬時に止め、雨宿りをする場所を探すことにする。

それに気付いた姫は焦ったように声をあげた。


「平気です。疲れていません」


これが決定打になった。

確実に、『遠慮』だ。

俺は姫の持っていた肉と卵を奪い、帰路とは違う道を進んだ。


「少々足を速めます。ご容赦を」


姫の体を案じ、道を急ぎながらも俺は、どこかで自分の卑怯をわかっていた。

…そう。

全力で反省しながらも、俺はこの雨を喜んでいた。

『霧夜』と『朧』でいられる時間をのばす―――この雨を。

山の少し奥まった場所に建つ抜け殻の寺があるのは知っていた。

長らく放置されているそれはひどく寂れて見えるが骨組はしっかりしているので、忍のような根なしにとって良い休憩所になる。

通り雨から姫を守るには充分すぎるほどの物だった。

荷物を下ろし火を起こして姫に暖をとらせる。