そして、
しばらく経った。

お気に入りのバーを失った私が何をし始めたかというと、新しい店探し、

ではなかった。

こうなったら、いっそ自分でカクテルを作ろうと思ったのである。

カクテルの本はもとからバカほど持っている。

私に足りないのは材料と経験だけだ。

とにかく思い至ったので、市内で一番品揃えのいい店に乗り込んだ。

カクテルの用具はそれなりに多いが、シェークとメジャーカップさえとりあえずあれば作れるはず、と素人考えで彷徨く。



と。



「……あ」



個人的には今あんまり出会いたくなかった人と、鉢合わせした。

もう行かないと決めた店のバーテンダー、その人である。

更に都合の悪いことに、ばっちり目があった。

ぶわっ、と汗が出るような感覚に顔が引きつる。
焦る必要などどこにもないのに。

あの日以来ぴったりと店に行かなくなったという勝手な気まずさが、動悸を早めていた。


大丈夫。

向こうは私のことなんて、覚えてない。

覚えてない。
大丈夫覚えてない。


繰り返し自分にそう言い聞かせながら、それでもなるべく自然に回れ右をしてそこから離れようとする。

我ながら、実に自然だったと思う。

しかし。





「こんにちは」





あああ。


死刑宣告を受けたような脱力感のままに振り返り、弱々しく微笑んでみせた。


「…こんにちは」


男性はにっこり笑っている。

そうだな…迂闊でした。
市内で一番品揃えがいいってことは、そういう関係の人が来てもおかしくない。

こういう偶然を恐れるなら、場所を考えて行動すべきだったんだ。

全面的に、私が悪い。自己責任だ。