「母さんはあれから家に帰ってこない。今じゃ月に1回しか帰ってこない」
父親も暫く帰ってこない。
俺は一人であの家で暮らしている。
少しでいい。
昔に戻りたい。
昔のように穏やかな日々に…。
いつも笑顔が溢れていた…あの頃に…。
俺の話を聞き終わった凌花はぽろぽろと涙を流していた。
ぎゅっと俺の手を握り、俺を見つめる。
「なんで…泣いてんだよ」
凌花は全く関係ない。
泣ける話をしていたわけでもない。
だけど凌花は静かに涙を流していた。
ぎゅっと俺の背中に手を回し、身体を密着させる。
「…凌花?」
「…泣いていいんですよ?」
「泣いていいって…」
「ずっと…辛かったのでしょう?」
ずっと辛かった?
俺には当たり前のことだった。
辛かったわけじゃない。
ただ…悲しかっただけ。
だけど…涙は出なかった。
我慢していたわけじゃない。
泣けなかっただけだ。
「先輩の心は悲鳴を上げていたんですね。でも…無理に自分の気持ちを閉じ込めていいことはないです」
「……凌花もだろ」
「…やっぱり、優しい。だけど…甘えていいんです、少しくらいは」
凌花は俺を隣からぎゅっと抱きしめる。
俺は凌花の胸に頭を埋めた。

