次の日、目が真っ赤になっていた。
目の下にはクマがあって、一晩ずっと泣いていたんだ。
俺は出張の準備をしている父親に、尋ねた。
『どうして…母さんを連れていかないんだ?母さんが…かわいそうだよ。俺なら一人でも平気だから』
そう言ったけど、それは強がりだった。
それに気付いた父親はふっと微笑み、俺の頭をなでる。
『那智は優しいな。父さんだって母さんと離れたくない。だけど…母さんは体の弱い人だ。向こうの生活になれないかもしれない。それなら…こっちで暮らしたほうがいいと思ったんだよ』
『それでも母さんは…父さんといたいんだよ』
傍にいたらわかる。
母親は本当に父親を深く愛していた。
だけど、父親は母親を連れて行かなかった。
父親がオーストラリアに行って、母親は情緒不安定になった。
中学校に入学した時から、家に帰ってこない日が多くなった。
母親は…昔と変わってしまった。
父親が家に帰ってくる時は家に帰ってくる。
だけど、それ以外の日は家を留守にしていた。
今…何をしているか分からない。
誰と過ごしているのかも…。
母親に父親以上の人が現れるとは思わない。
だけど…母親の隣に誰かいることは薄々感ずいていた。
それでも俺は願っている。
昔のような、温かい家庭に戻れることを。
「母さんが父さんを誰よりも愛していたことは知っていた。だけど…俺も見てほしかったんだよ」
母親が俺を大切に想っていたのかは分からない。
だけど…俺のことよりも父親のことを想っていたということだけ分かる。
母親は…いつもひとり言のように言っていた。
『智さんを…独り占めに出来たらいいのに』と。
母親は父親さえいれば良かったんだ。
世界中が敵になっても、父親さえ味方でいてくれれば…
それくらい父親を愛していた。
父親はそれに気付かなかった。
父親と離れてから、母親は変わった。
家庭が崩れていって、ついには家に帰ってこなくなった。

