小さい頃…両親と楽しく暮らしていた。
いつもリビングには笑顔が溢れていて…
それが無くなったのはいつだろう?
確か…小学5年生の頃だ。
それは父親の出張が決まった時だった。
『…オーストラリア?』
母親は眉間にしわを寄せた。
心配そうに父親に目を向ける。
『それって…いつ頃までですか?』
『…支店が置かれるからしいから…最低でも10年…だろうな』
『……10年…』
あまりにも長い年月に母親は言葉を失っていた。
俺の母親は大人しい人だった。
心配性で寂しがりな人でもあった。
そんな母親に10年という年月は長かった。
俺は今でも覚えている。
母親の横顔が、凄く泣きそうだったこと。
『智(とも)さん…私も一緒に…』
『…那智がいる、一人にはできないだろう?かといって連れて行くわけには…』
小学校の次は中学校がある。
父親は学業のことを心配していた。
だけど、母親は俺よりも父親が大事だった。
離れたくないという気持ちがあったんだと思う。
『智さん…私を置いていかないでください…』
そう言って母親は泣き崩れた。
母親と父親はお見合い結婚だったらしい。
だけど、母親は父親を愛していた。
父親よりも深く…。
母親は好きな人の傍にずっといたいとよく俺に話していた。
だから…子供ながらに気付いていた。
母親は俺を日本においても、父親と行きたいと願っていること。
それから母親と父親は何回も話し合った。
結局、母親が折れるしかなかった。
その日の夜、母親は泣いていた。

