教室を出ようとした俺の背中に彼女は声をかける。
「那智君…あたしの家で暮らさない?」
「何言ってんだよ?旦那と暮らしてるのに、俺が邪魔しちゃダメだろ」
彼女…望さんは昨年結婚したばかりだ。
旦那に会ったことあるが、凄く優しそうな人だった。
きっと…俺の事を受け入れてくれるだろう。
だけど…俺は甘えることができなかった。
二人の幸せな表情を見ると、きっと悲しくなる。
望さんの気持ちは嬉しかったが、俺は頷けなかった。
「俺は大丈夫」
「強がらなくていいんだよ?」
「強がってない。それに…俺はもうこの生活に慣れているから」
心配しなくていいと、俺はほほ笑んだ。
そして、逃げるように教室から出て行った。
校門まで走ったところで俺は立ち止まる。
はぁーっと大きく息を吐いた。
「…無理した顔してる」
この声にパッと顔を上げる。
すると、そこには灯の姿があった。
「わりぃ…待たせて」
「別にいいの。それは慣れっこだから。…望先生と何か遭ったの?」
幼いころから一緒にいるせいか、灯は勘が鋭い。
俺は苦笑して、空を見上げた。
「…授業に出ろってさ」
「やっぱりね。それでそんな顔してるんだ」
と、灯は優しく微笑む。
「先生だから仕方ないよ。他の先生にきつく言われたんじゃない?」
「…分かってる。望さんに迷惑かけてることも…だけど…さ」
「…帰ろっか」
灯はそれ以上何もいわなかった。
帰り道も何も話さない。
隣で歩いているはずなのに、距離が遠く感じた。

