男の冷えた目を見つめ返し、女は胸の痛みを堪えた。



「あなたが払ったのは、あなたの中にある『愛』」



跳ねるように地上へ登って泳いで行った妹を見送った後

女は男を訪ねて
絶句した。

男は冷めた
瞳をしていた。

凍てついた、微動だしない空虚な瞳をしていた。

そして女は悟った。

男が賭けたものの
正体を。

そして女は知った。

男が失ったものの
重みを。


「あなたの思った通り、人間の男は自分を助けたと偽る女にかりそめの恋をし、あの子を愛しはしなかった。

あの子は泣いた。

苦しんだ。

だから私は西の魔法使いに魔剣を作ってもらった。

自分の髪を
対価にして。

あの子をあなたに
返すために」


雄大なる海において伝説とも詠われた髪を持っていた女は、妹と妹を真に愛する者のためにそれを捨てた。

素晴らしい髪で造られた剣はすべてを元に戻す力を備えていた。

それで対象の人間の男を殺せば妹姫は人魚に戻れるはずだった。

声も戻る筈だった。

東の魔法使いの心も戻る筈だった。

人間の男の命と女の髪以外のすべてがもとに戻る筈だった。

惨めな姿になった姉を見て妹は驚愕し反省し海に戻る事を一時は決意する。

しかし、一度愛した男を殺す事はできなかった。

どうしてもそれができなかった妹姫は
海に身を投げ泡となって消えた。