「お疲れー、飼い主」
音楽室に入った途端、美奈にそう言われてがくりと肩を落とした。
「ちょ、飼い主って……」

鞄を脇の長机に置きながらピアノの傍に座る美奈のもとに行けば、後ろから歩いてきた梶原がピアノの椅子に腰かける。
そして……

「寝た」

ぷっ、と吹き出しながら美奈が目を細めた。

「この子は家で寝てるのかしらね。休憩時間も自習時間も、隙あれば寝てるし」
「あー、ねぇ」

ははは、と引きつり笑いを返しながら梶原を見る。

そういえば、中学からそうだったよなー。
なんでだろう?

鍵盤の蓋に頬をつけて寝るという物凄く辛い体勢にもかかわらず、もう夢の彼方のようだ。

「話しかけてもそっけないし、何考えてんのかわからないし。誰にも懐かない梶原なのに、なんで璃子のいう事は聞くのかしらね。ホント、あんたってそう言われてるのよ? 梶原の飼い主って」
「え、マジですか」
「マジですよ」

さらりと返されて、頭を抱える。


私はこんなおっきな男を、飼った記憶はないぞ!



「ここの高校って同じ中学の子少ないし、しかも梶原とは中三から同じクラスだし、だからじゃないかなぁ」

まぁ、もしくは……

「餌付け?」
「は? 餌付け?」

美奈の呆気にとられたような声に、軽く頷いて目線を彷徨わせた。
梶原と話すようになった頃の事を思い出そうと、記憶を絞り出す。

特にたいしたことしてないし、思いつくと言ったらそれくらいなんだけど。


「え、餌付けで飼いならせるの!?」
「ふぇっ?」


いきなり後ろから叫ばれて、肩を竦める。
驚いて振り向けば、合唱部の面々が目をキラキラさせて私を見ていた。
「なんで璃子が梶原くんと仲いいのか、凄い疑問だったのよ! 餌付け、餌付けね!」
「え、ちょっと……」
「梶原くん独り占めとか、璃子でそんなのないでしょーって思ってたの! いいこと聞いたーっ」
「え、あの、皆……」
五・六人の集団はきゃあきゃあ言いながら、何持って来ようとか相談に入ってしまった。

「あ、あれ? あの……」


呆気にとられた私を完全無視して、振り向いてもくれません。
ていうか、璃子でそんなのないでしょー、とか言った奴。
本音だしたな??