定義はいらない

「言ってない。それが真実。」

「はあ。」

深いため息に私の心臓は貫かれる。

この人は素直過ぎる。


「分かった。」

本当は納得していないのに、彼はそう言う。

不承知なのが声に出ている。

「俺、もともと佐々山先生の言うことは信用していないから。
 だから、俺はお前を信じるよ。」

また、呼び名が『お前』に戻っていることに私はすぐに気付く。

「嘘。」

「何が?」

イラッとしている。

「信じてない。」

私は自分の大事なことを隠している。でも嘘はついていない。

「信じてないでしょ。」

「そりゃ、信頼回復には時間はかかるよ。そういうもんでしょ?」

やっぱり信じてないんじゃないかという言葉を飲み込む。

「じゃあ、切るよ。」

「ちょっと。」

なんとか繋いでいたくて私は会話を必死で続けようとする。

このまま私たちの関係は終わってしまいそうだ。

「私は松木先生のこと、すごく大事な存在だと思ってる。
 だから、傷つけるようなことはしない。
 でも、今回迷惑をかけたのは確かだから。ごめんなさい。」

「分かった。俺、お前のこと信用していろいろしゃべってたからさ。
 なんかショックで。」

「ごめんなさい。」

職場なのに、涙が出てくる。

どうしよう。
 
また、休憩が終わったらナースステーションに戻らなきゃいけないのに。

「わざわざ遅くに悪かったね。じゃおやすみ。」

声のトーンは最初から最後まで変わらずに電話を切られた。