定義はいらない

「なに?旅行中じゃないの?」

「いや、明日も仕事だし、今帰ってるところ。」

「残念だったね。」

「うん。まあね。ところでさ。」

場が凍りつく。

恐い。

携帯の電源を切ってこのまま水につけるか埋めてしまいたくなった。



「あのさ、俺とのこと誰かに話した?」

「誰かって?」

「誰かって病院で。」

ため息交じりに松木先生が怒りの口調で続け様に話す。

「話してない。」

「本当に?」

「なんで?」

「俺にもよく分からないけど、佐々山先生が吉岡先生づてに
 『鈴木が松木とできてるって病院で言いふらしてるから松木に気をつけ 
 ろって伝えてください』って言ったらしくて、吉岡先生からそれを言われ
 たから。」

血の気が引くとはこのことだ。

私の顔は真っ白になって唇も真っ青になっているに違いない。

「で、どうなの?」

「何が?」

「だから、本当にそうなのかってこと。」

「言ってない。」

「言ってないのにそんなこと佐々山先生が言うわけないだろ。」

「だって言ってないもん。それに、なんて周りに言えばいいわけ?」

院内だから思ったことは言えなかった。

松木先生の名前も佐々山先生の名前も太朗ちゃんの名前も

全て伏せた会話はもどかしかった。