7月に入り、色紙は私を残すのみとなった。

みんなのを読むと

「お世話になりました。」

「下ネタはほどほどに。」

「長野で風邪引かないように。」

「おめでとうございます。」

「寂しいです。」

など、どれもみな同じような言葉ばかり並んでいた。


私は色紙の余白を見つめる。

何を書くか。

私と太朗ちゃんにしか分からない言葉は何だろう。


思いついたのは、ロシアの大文豪

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の言葉。

物語のラストでアリョーシャがコーリャに言うセリフ。

太朗ちゃんだけだった。

カラマーゾフの兄弟の名前を空で言える人は。

インターネットでロシア語に翻訳して

その言葉で余白を埋めた。

私から、太朗ちゃんへの最初で最後のラブレターだった。

「俺のこと好きになったら大変だよ。」

と言った太朗ちゃんの瞳を思い出す。

本当に大変だったよ。

心の中でそう話しかける。

「ありがとうございました。」

そう言って色紙を抱きしめて、そっと色紙に口付けた。

ルージュを残せないのが少し残念だった。