「ぼくは、總大くんに譲りたいくらいです」
「まぁ、慶志朗さん、欲のないこと」
「總大に譲るのか……」
祖父母は、慶志朗の欲のなさに呆れた声を上げた。
「ですが、父上の絶大なる意向には逆らえませんし、
それにおじいさまの期待にも逆らえません」
「でも、婚約解消は、竣太朗さんに逆らっていらっしゃいましょう。
總大さんは、早々に相応しい娘さんを婚約者として、
決めてございますのよ」
千子は、そつがない總大と許嫁の顔を思い出していた。
「確かに總大に相応しい娘ではあったな。
だが、慶志朗では、もっと違う娘でなければ満足しないだろう。
麗華嬢や琳子嬢でも良いように思われるのだが……」
「ぼくは、父上の意向の通り、
嵩愿グループを 継ぐ決心をしております。
それまでの間、しばらく風になって、
吹き渡りたいと思っているだけです。
爺さまには理解していただけると信じて
ご相談に参りました」
「まぁ、慶志朗さん。
爺さまをお味方に付けるおつもりでございますのね」
「はい、婆さま。
爺さまだけではなく、婆さまもお味方になってください。
御二方をお味方に付ければ怖いものなどありません」
「愛(う)い奴だな、慶志朗。
好きにするがよい。
許嫁嬢には誠意を持って断ることだ。
誠意は通ずだ。
後程、爺からも双方の家に詫びを入れるとしよう」
慶之丞は、自身の若い頃を思い出して、よく似た慶志朗に相好を崩した。
「はい、爺さま。爺さまのお力添えに感謝いたします」
「まぁ、爺さまは、慶志朗さんに甘いこと。
婆さまは、はらはらしてございます。
婆さまは、麗華さんも琳子さんのどちらも好いてございましたのに」
麗華と琳子の家とは、幼い頃から親交があり、
祖父母の家にも顔を出すことがあった。
千子は、麗華の佳麗さも琳子の素直さも、
どちらも甲乙付け難い位に気に入っていた。

