「桜川の桜並木も素晴らしいけれど、
桜池の桜林は、また素晴らしいですね。
水面に桜の花が映えて、ゆったりとこころが落ち着きます」
慶志朗は、桜池に向かって深呼吸をした。
こころの塊が砕けて、融けて行くように感じられた。
「麗華さまと琳子さまは、どちらもお綺麗な淑女でございますね」
祐雫は、一番気がかりなことを慶志朗に質問した。
「父と母が勝手に一人ずつ選んだ許嫁候補です。
僕は、どちらとも親しくさせてもらっているけれど、
許嫁とは名ばかりです。
祐雫さんなら、どちらを選びますか」
慶志朗は、きらきらと煌めいている遠くの桜池の水面を見つめて答える。
「私は、少しお話をさせていただいただけでございますので、
判断が付きかねます。
それに私が御二方を選択させていただくなんて、
おこがましゅうございます」
祐雫は、返事に窮した。
「確かに二人とも非の打ちどころのない淑女です。
だから、昔むかしのように一夫多妻だと
迷わなくてもよいと思うことがありますよ。
父の顔と母の顔を潰さずに
皆がしあわせになる方法があるといいのだけれど」
「まぁ、一夫多妻でございますか……
嵩愿さまは、そのようなお考えでございますの」
祐雫は、驚いて慶志朗を見上げる。
「どちらも幼馴染としては好きだけれど、
結婚となると躊躇してしまうのです。
愛する女性は他にいるのではないかと思われてね」
慶志朗の表情は、桜池の水面のようにそよ風に揺れていた。
「それでは……
嵩愿さまも、麗華さまや琳子さまも、淋しゅうございます」
祐雫は、自身のことのように悲しくなって、
思わず慶志朗の右手を両手で包み込んだ。