「祐雫さん、何処に行っても暑いので、
しばらく日本庭園で涼みましょうか」
慶志朗は、大きなお屋敷が続く白壁脇に車を駐車した。
「はい。
この近くに日本庭園がございますの」
車を停めた辺りは、白壁に囲まれた大きなお屋敷が、どこまでも続いていた。
「ええ、すぐ近くです」
慶志朗は、柔らかな微笑みを浮かべると、
白壁の一角に開かれた四脚門の扉を開けた。
門を潜ると、高い樹々の間に低木が植えられ、
飛び石が庭の奥へと続いている。
樹々に囲まれた庭は、ひんやりとした風が渡っていた。
「涼しいでしょう。
夏は、この庭で涼むに限ります」
慶志朗は、ひんやりとした風に一息吐く。
「どなたのお庭で、ございますの」
祐雫が問いかけると同時に生け込みから声がした。
「坊ちゃま、また裏門からいらっしゃったのでございますか」
庭師の貞吉(さだきち)が、丁寧に慶志朗へ頭を垂れる。
慶志朗は、毎回のように表門から入らずに裏門から入るのが常だった。
「こんにちは。
貞さん、余りに暑かったので、
表に回らずに裏門から来ました。
ここは、貞さんのお陰で、
夏でも涼しくて過ごしやすいものですから。
婆さまは、いらっしゃいますか」
「はい、ご在宅でございます」
貞吉は、頭に巻いた手拭を取って、祐雫にも丁寧に頭を垂れた。
「坊ちゃまの嫁さまですか。
お初にお目にかかります。
庭師をしております貞吉です」
貞吉は、大きな声で挨拶をしながら、
庭師の勘を働かせて、祐雫を一目見るなり、八重桜を思い浮かべる。
慶志朗には、豪華な花よりも樹花が似合うと直感的に感じた。
「貞さん、祐雫さんです」
「こんにちは。祐雫と申します。涼やかなお庭でございますね」
慶志朗は、祐雫を紹介して、
貞吉の耳元で「嫁さまは早過ぎます」と囁いた。
祐雫は、貞吉の日焼けした顔に、庭師としての誇りを感じ、
先程までの灼熱の陽射しが、計算し尽くされた庭に立ち入ると
涼やかになっていることに感嘆していた。

