「ふ、ざけんなよ…!俺が、俺が好きなのは…」

 怒りにまかせて気持を告げようとしたとき、乾いた音がリビングに響く。
音に驚き、顔をあげると頬を赤くした夏美が目の前にいた。
 
 自分の手は強く握りしめたままで、人を叩いた痛みもない。ベランダにいた雪子がいつの間にかタバコをくわえたままリビングにいて、夏美を冷たい目で見つめている。雪子が夏美をひっぱたいたのだと理解するのには少し時間がかかった。

「え…い、いたいよ…ユキ」
「痛くしたからね」
 ふうっと煙を吐きながら雪子が至って冷静に答える。
「なんで…」
 
 今にも泣きそうな表情で夏美が雪子にすがるような目を向けると、雪子の頬の筋肉がぴくりと動いた。今まで雪子に説教されたことはあるけれど、春樹はここまで怒りを携えた状態の雪子は見たことがない。驚いてあいたままの口を閉じて、なにしてんだよと雪子を責める。

「なんで?それが本当にわかんないんだったら、夏美、あんた本当最低」
「…ユキぃ…」
「春坊を牽制したいのかわかんないけど、そりゃないんじゃないの」
「雪子、やめろよ」
「うるさい、黙れ。春坊も勢いに任せて告白するなんてガキくさいことすんな。もっと自分の気持ち、大事にしなさい」

 ごつん、とタバコを握ったまま雪子に思い切りげんこつを落とされる。

「夏美、謝りなさい」

 顎で春樹を指して、夏美に謝罪をするように雪子が促す。戸惑った表情で夏美が春樹を見るけれど、謝罪の言葉は出てこない。ただ涙を浮かべるだけの夏美に雪子がもう一度謝れ、とすごむ。

「こーゆー時、泣くのは卑怯だっていっつも言ってるでしょ。泣かれても夏美が悪いことには変わんない。謝りなさいっつってんの」
 
 最後の言葉を珍しく声を荒げて雪子が夏美に言葉を投げつける。ごめんなさい、としぶしぶ頭を下げた夏美に雪子があんたマジでそういうとこ最低だよと追い打ちをかけた。全く自分を擁護する気配のない雪子に、夏美はついに泣き出す。どうしていいか分からず春樹が戸惑っていると、雪子の馬鹿!と捨て台詞を吐いて夏美が家を飛び出した。