(浮浪者!)

真理亜は、こんな近くでそう呼ばれるものを見たことがなかった。

普段は近付くこともなければ、視界にいても気にすることはなかった。

「パン…」

浮浪者は、真理亜の手にあるパンに気付き、呟いた。

「こ、これは!」

子犬もパンに気付き、真理亜の足下に来た。

「この子のもので!」

真理亜は、浮浪者の男の顔を見て、

「あ、あんた!わ、若いんだから!普通に働いたら、普通にパンなんて買えるわよ!」

狼狽えながらも言い放った。

「若いか」

浮浪者は、笑った。

「そうよ!今の歳から働いてないと、ずっとこのままよ」

真理亜のお節介な性格が、口に出た。

「もう四十年は、こんな生活だけど」

「は?」

浮浪者の言葉に、真理亜は眉を寄せた。

その時、真理亜の後ろから声がした。

「やっと見つけましたよ」

「!」
「!?」

浮浪者は立ち上がり、真理亜は振り返った。

仕立てのよいスーツを身に纏った男が、立っていた。

「お嬢さん。すいませんが、そいつから離れて頂けますか?その男は、指名手配犯ですので」

「指名手配犯!?」

真理亜は思わず、後ずさった。

「そうです」

スーツの男が歩き出そうとした瞬間、真理亜の足下にいた子犬が突然怒り出し、襲いかかった。

「まったく」

スーツの男は、飛びかかってくる子犬を足蹴にすると、蹴った靴に目をやり、顔をしかめた。

「靴が汚れます」

子犬はビルの壁に激突し、血を流した。

「チビちゃん!」

真理亜は駆け寄り、瀕死の重体になった子犬を抱き上げた。

「やれやれ」

男は靴をティッシュで拭うと、子犬を抱く真理亜に目をやり、

「これだから、一般人が好きになれませんね。偽善…。安全な環境にいると、やはり人は腐りますね」

肩をすくめると、浮浪者に向かって歩き出そうとした。

その動きを、真理亜の一言が止めた。