丹朱の橋、葉桜のころ

「流水庵以外にも、こんなにお店があったのか」


「あの茶屋の裏には、お寺もあるのよ」


「お寺?」


「縁結びの神様がいるの」


そう言って、物知りな彼女はボクに背を向けた。


「この木はアジサイね。まだ季節じゃないわ」


「なんでも知ってるんだね」


「そうよ。ねえ、見上げてみて。あれは葉桜よ。わたし、ここでお花見するのが好きなの。朱色の橋に、ピンクの花びらが舞い下りてきて、とてもキレイなのよ」


ボクはちょっとだけ空を仰いだが、すぐに彼女の背中へと視線を戻した。

しどけなく腰を落とした彼女のトラ模様が呼んでいる。

ボクの牙は首元へと吸い寄せられる。

腹の底からむらむらといきり立つ。

ああ、
彼女が、
ボクで喜ぶならば。

誰に教わらなくてもボクは、そのときの腰つきを知っていた。




それなのに。