「ある日、弟が、母親の
乳房を吸っていた。
その時弟はもう11歳だった。
俺がその歳のころには
もう工房に入って仕事をしていた。
その姿を見た時、
もう、ものすごい憎悪がこみあがり、
今しかない、と思った。
母親は俺に悪意を与え、
一方で弟には過剰な愛情を与えていた。
なんでおまえなんだよ
今度は俺が弟にそう言った。
そして最初にナタで刺したのは
母親だった。
その次は弟。
止めに入った兄貴も殺し、
帰ってきた父もやった。
これで終わったと思った。
だが、終わりどころか、
それが始まりだったんだよ。
俺のみっともない、
無様な、生への執着の。」
「生に執着するのは当然のことだ。」
「家族全員を皆殺しにしておいて、
まだ生命にしがみついてる自分が
みっともないのさ。」
その時、扉が勢いよく開いた。
「朝食だよ!」
いつもどおり又三郎が
やってきた。
「おはよう。ミゲーレ、ゲドウ。」
「おう。」
俺はゲドウの告白を受けて、
げっそりと疲れていた。
「あのさ、ミゲーレ、
僕、今日休みなんだ!
安息日に出てたから、その替わりで。
だから一緒に朝飯食おうよ。」
「そうなのか。」
又三郎が俺の手を引っ張る。
「待てよ。この格好じゃ行けないだろ。」
「あはは。そうか。
僕、まかない食べないで、待ってたんだ。
ミゲーレと一緒に食事したくて。
だから腹が減ったよ。」
ゲドウはさっきと変わらぬ体勢で、
又三郎の言葉を聞いていた。
俺が着替えている間、
又三郎はゲドウのカンバスを
覗いていた。
「これ、何の絵?」
又三郎がゲドウに尋ねる。
「わからんか?」
「うーん。」
俺も覗いてみる。
真っ黒な画面にぼんやりと
人物の立ち姿が現れ出ている。
その手には人間の頭らしきものを
かかげている。
ただ、まだ細部は描かれておらず、
白っぽい影だけだった。
「ゴリアテの首を持つダビデ
じゃないか?」
ゲドウはにまにまと笑っているだけだ。
「ミゲーレ、行こう!」
又三郎がせかす。
「待て。」
ゲドウが朝食を口に押し込みながら
引き止めた。
「明日で二週間になるが、
今回はちょいと苦戦しててな。
もう二週間やってもらえるか。
12やるよ。」
「仕方ないな。引き受けよう。」
「ええ、まだやるの?」
又三郎が文句を言った。
俺たちは階段を昇りながら
しゃべった。
「だって、見ただろ、あの絵、
まだぜんぜん出来てないじゃないか。」
「そうだけど。
ミゲーレがモデルやってると
なかなか会えないんだもの。」
「あと二週間の辛抱だよ。」
ゲドウは、あの絵を描くことで、
そして俺に罪の告白をすることで、
16歳のまま止まっている時を
進めようとしている。
途中で投げ出すわけには行かない。
乳房を吸っていた。
その時弟はもう11歳だった。
俺がその歳のころには
もう工房に入って仕事をしていた。
その姿を見た時、
もう、ものすごい憎悪がこみあがり、
今しかない、と思った。
母親は俺に悪意を与え、
一方で弟には過剰な愛情を与えていた。
なんでおまえなんだよ
今度は俺が弟にそう言った。
そして最初にナタで刺したのは
母親だった。
その次は弟。
止めに入った兄貴も殺し、
帰ってきた父もやった。
これで終わったと思った。
だが、終わりどころか、
それが始まりだったんだよ。
俺のみっともない、
無様な、生への執着の。」
「生に執着するのは当然のことだ。」
「家族全員を皆殺しにしておいて、
まだ生命にしがみついてる自分が
みっともないのさ。」
その時、扉が勢いよく開いた。
「朝食だよ!」
いつもどおり又三郎が
やってきた。
「おはよう。ミゲーレ、ゲドウ。」
「おう。」
俺はゲドウの告白を受けて、
げっそりと疲れていた。
「あのさ、ミゲーレ、
僕、今日休みなんだ!
安息日に出てたから、その替わりで。
だから一緒に朝飯食おうよ。」
「そうなのか。」
又三郎が俺の手を引っ張る。
「待てよ。この格好じゃ行けないだろ。」
「あはは。そうか。
僕、まかない食べないで、待ってたんだ。
ミゲーレと一緒に食事したくて。
だから腹が減ったよ。」
ゲドウはさっきと変わらぬ体勢で、
又三郎の言葉を聞いていた。
俺が着替えている間、
又三郎はゲドウのカンバスを
覗いていた。
「これ、何の絵?」
又三郎がゲドウに尋ねる。
「わからんか?」
「うーん。」
俺も覗いてみる。
真っ黒な画面にぼんやりと
人物の立ち姿が現れ出ている。
その手には人間の頭らしきものを
かかげている。
ただ、まだ細部は描かれておらず、
白っぽい影だけだった。
「ゴリアテの首を持つダビデ
じゃないか?」
ゲドウはにまにまと笑っているだけだ。
「ミゲーレ、行こう!」
又三郎がせかす。
「待て。」
ゲドウが朝食を口に押し込みながら
引き止めた。
「明日で二週間になるが、
今回はちょいと苦戦しててな。
もう二週間やってもらえるか。
12やるよ。」
「仕方ないな。引き受けよう。」
「ええ、まだやるの?」
又三郎が文句を言った。
俺たちは階段を昇りながら
しゃべった。
「だって、見ただろ、あの絵、
まだぜんぜん出来てないじゃないか。」
「そうだけど。
ミゲーレがモデルやってると
なかなか会えないんだもの。」
「あと二週間の辛抱だよ。」
ゲドウは、あの絵を描くことで、
そして俺に罪の告白をすることで、
16歳のまま止まっている時を
進めようとしている。
途中で投げ出すわけには行かない。

