冥王星

ある夜、休憩中に、
俺は何の気なしに言った。

「しかし、あんたのような
すごい腕をもった絵師が、
なんでこんな牢獄みたいな
ところにいるんだ?

ふつうなら、
立派な工房を構えて
弟子もたくさんとるだろう。」

ゲドウは手を休めずに言った。

「俺は親殺しだ。」

俺は何も言えなくなった。
しばしの沈黙の後、
ゲドウが話し始めた。

「16歳の時、母親と、父親と、
兄と弟を殺した。
家族全員、皆殺しだ。

どうだ、俺は本物の外道だろう?

さあ、休憩は終わりだ。」

俺は左手に砂袋を持って
前に突き出し、ポーズを始めた。

「本当は、自分が死ぬつもりだったのさ。

だけど、死ぬって、どういうことか、
わかるか?

この世界から、自分が、
消えていなくなってしまうこととは、
ちがうよな。

死ぬってことは、
この世界を認識している自分が、
無くなってしまうんだから、
この世界そのものの、
消滅だよな。

俺はびびったのさ。」

「それもすごい世界観だな。」

思わず言っていた。

「だが、自分の家族を
皆殺しにすれば、
死刑は確定だ。

俺は逃げたよ。
みっともなく。

みっともなく生に
しがみついたよ。」

いつのまにか、
ゲドウの絵筆は止まっていた。

「俺の父親は室内装飾画の
工房の親方だった。

俺は物心ついた時から
絵筆を握っていた。

顔料とカンバスが、
遊び道具だった。

12歳になる頃には
父親の技術を上回っていた。

14歳になると、おやじは
俺に工房をまかせ、
外に女を作って遊びほうけていた。

二つ年上の兄は、
俺を妬んでいた。

ふつうなら、
長兄が親方の跡取りになる。

だが俺のほうが圧倒的な
技術力を持っていた。

それは工房の職人たちも
認めてて、
誰もが俺の指示に従った。

母親は、絵師なんて
ろくでもない商売だと言い、
弟には決して筆を取らせなかった。
弟を溺愛していた。

そして、俺は家族を殺したあと、
俺の絵を気に入って、
よく注文してくる貴族を
頼って逃亡した。

逃亡先でも制作は続け、
絵は高値で売れた。
逃走資金には困らなかった。

各地を転々としたが、
ついにロマリア政府に捕らえられた。

当然、死刑宣告された。

だが、俺の絵の熱狂的な愛好家の
ある枢機卿がいてな、
その人のはからいで、
ここに来ることになったんだ。」

ゲドウの重すぎる過去に
俺はなすすべもなかった。

時間はとっくに15分を過ぎていた。

「あの時、死刑になってても、
よかったよな。」

ゲドウは口の中でつぶやいた。

俺は砂袋を落とし、
ひざを抱えて床に座った。

ゲドウは筆をすすめた。