「僕、いつもここで遊んでるんだよ。
落ちたら終わりのゲーム。」

そんな言葉を聴きながら、
いつまでも見つめていたくなった。

「ゲームじゃない。死んじまうんだぞ。」

「たぶん、大丈夫。」

小僧は上気して少しほほえんだ。

あ、なんだろう。
こいつになりたい。

「馬鹿。もうやるなよ。」

「はーい。」

「ほんとにやるなよ。
やらないって誓え。」

俺は自分の不思議な衝動をおさえながら、
小僧の目を見つめた。
黒目が大きく、濃い睫毛に覆われていた。

俺の心臓は鼓動していた。

小僧は少し恥ずかしそうに言った。

「わかったよ。もうやらない。」

俺は小僧から目をそらしてたずねた。

「おまえ、俺のこと知ってるの?」

「知ってるよ。
ミゲーレのことは皆知ってるもの。」

「そうか。俺がここじゃ、
一番後から来たんだもんな。」

「ね、この前、
僕ミゲーレにキャラメルあげたんだけど、
幻灯いつやってくれるの?」

「そうだったな。やらなきゃな。」

あの時、こんな奴いたかな?
まだ、大人ではない。
かといって、もう、子供でもない。

瞬間。

歯車がかみ合う瞬間。

風の中の木の葉から
太陽が閃光を放つ瞬間。

雲間から三日月が覗く瞬間。

そんな瞬間が今だ。

前におれがキャラメルをかき集めに
少年宿舎に行ったとき、
こいつはいたのかもしれないが、
そのときはまだ、瞬間が来ていなかったのだ。


「僕、今日で16歳なんだ。
だから今日から大人の宿舎に行くよ。」

「そうか。そいつはおめでとう。
おまえの名前、教えて。」

「又三郎」

「風の又三郎か。

俺、もう仕事もどらなきゃ。
おまえも、こんなとこで遊んでていいのか?」

「僕は厨房に入るんだよ。」

「へえ。調理師か。
うまいマヨネーズ作ってオーベール様を喜ばせろよ。」

又三郎は無邪気に笑った。
そして去ろうとした。

「待て。」

俺はつかんだ指の隙間から
何かこぼれ落ちそうな衝動に駆られて声をかけた。

「今夜、幻灯をやってやるよ。」

「本当!?」

「少年宿舎に忍び込もう。」

「うん。楽しみだなあ。」

又三郎は食堂に向かって歩いていった。

俺はしばらく呆然と座っていた。
手のひらに汗をかいていた。

又三郎の声とか、姿とか、
話した内容とかを思い返していた。
何度も、何度も、思い返された。