この老師に対しては何のごまかしも通用しない。
俺は素性を明かすことにした。

「俺は、いや私は極東の島の霊山で23歳まで育ちました。
そこで行を修めました。
そして空海上人の命で、この世界の均衡を保つことのできる勇者を求める旅に出ました。
ところが、自分の欲望に負けて、霊力を失ってしまったのです。
そこで旅どころではなくなり、ただ生きるために、ガレー船に乗りました。
そのあとロマリアに渡り幻術をあやつる道化師に身をやつしました。
そして今の団長に誘われて、こうして興行の旅の日々を送っています。」

「空海どのの山においでだったか。」

「そうです。ただ、自分は冒険に挫折してしまって、
空海さまにとても顔向けできないでいます。」

「あなたは、本当に挫折してしまったのかな?」

「はい。私は落ちるところまで落ちた人間です。」

「あなたは、まだ旅の途中ではないのかな?」

俺はぼんやりと言葉を聴いていた。
老師がテラスに出た。

「まもなく日没だ。美しいですぞ。」

俺も老師の後についていった。

「この島は、とても不思議でしょう。
ある夜、大天使ミカエルさまが、私の夢枕に立ち、
この山にわれをたたえる聖堂を建てよと命じられた。
だけどこの地形、そうやすやすとできることではない。

わたしがぐずぐずしていると、ある夜、ミカエルさまは
お怒りにられてな、わしの脳天を御指で突き刺されたのだ。」

老師は皮の帽子をとってみせた。
老師の額にはたしかに、ちょうど棒でついたような、
巨大な天使の指で貫かれたような穴が開いていた。
だが、老師のこの話、にわかには信じがたい。

老師はまた帽子を被りなおした。

「それからは真面目に建設に取り組んだよ。」

老師は笑った。冗談なんだか、本気なんだか、よくわからない。

「この海、その当時は森だったんだよ。信じられるかい?」

「そんなことがあるんですか?」

「ああ。一晩にして、森が海に変わってしまったのだ。
本当に、不思議な山だ。」

俺は西の海を見つめた。
本当に、遠くまで来てしまった。ここは西の果てだ。

「私の名は、オーベール。あなたの名前を聞かせてくれまいか?」

「私の名ですか。いろいろあるんです。」

俺は少し考えた。

「幼名は、マオです。そして山では森海という名をいただきました。
そして山を降りて、サダクローという名前を自分でつけました。
今はサダクローで通っています。」

「森海、とても好い名前だ。私も、あなたに名前を差し上げても
よろしいだろうか?」