そこで詩人は琵琶を
激しくかき鳴らした。

物語がいよいよ佳境に
入るのかと思いきや、
琵琶の音は次第に
終息に向かっていった。

そして最後の一音を
ゆっくりとはじき、
詩吟は終わった。

詩人は静かに
立ち上がって一礼した。

聖堂には
しばらく余韻が残っていた。

聴衆は身じろぎもせず、
息をひそめていたが、
やがてぽつりぽつりと
拍手が起こり、
大喝采になった。


「いやあ、凄かったなあ。
あんな歌声は
初めて聴いたよ。」

みな口々にそんなことを
言いながらそれぞれに
散っていった。

俺はしばらくその場を
立ち去りたくなかった。

詩人が、来客用の部屋に
戻ろうとした時、
又三郎が詩人に呼びかけた。

「続きは?
離れ離れに育った
双子の兄弟はどうなったの?」

詩人は
うっすらと微笑をうかべた。

「さあ、
どうなったんだろうな。」

又三郎は盲人の肘をつかんだ。

「もったいぶらないで、
続きを聴かせてよ。」

「続きの気になるところで
やめるのがいいんだ。

また、
聴きたくなるだろう?」

そう言って詩人は
背を向けて
聖堂を出て行こうとした。

俺は詩人に向かって
大きな声で言った。

「部屋まで送っていこうか?」

詩人はまっすぐに
俺に向き直った。
とても穏やかな表情をしている。

「大丈夫だ。
一人で行けるよ。」

俺は詩人に近づいて言った。

「俺はミゲーレ、
こいつは又三郎。

あんたの名前教えて。」

詩人は
相変わらずの微笑で答えた。

「無名(むみょう)。」

「無名?つまり
教えてくれないってこと?」

俺は腕組みをし、
しげしげと詩人を眺めた。

「私は吟遊詩人の無名。
それが私の名前だよ。」

「ふうん。
名前が無いのが名前ね。」

「ところで君は、」

詩人が話し出した。

「極東の出身じゃないか?」

驚いた。
どうして盲人に
そんなことがわかるんだろう。

「そのとおり。
極東の島が俺の故郷。
どうしてわかったんだ?」

「それは、声でね。」

「声だけで、
出身地までわかるのか?」

「わかるよ。
君は
ほとんど混血していない、
純粋な極東人だね。」

「そこまで?!」

「声は人種によって
特徴がみんな違うんだよ。
優劣というのではないがね。」

「あんたも、
極東地域の人じゃない?」

「そう、見えるかい?」

「見える。だけど、少し、
北西の方の血が
入っているのかな?
あんたのご両親はどこにいる?」

「さあて、
今頃どこにいるのかな?」

そう言うと
無名は俺に背を向けた。

そして琵琶をばちで
一音ずつはじきながら、
ゆっくりと聖堂を後にした。