ミカエル山を取り囲む海の、
朝の干潮の時間が
やってきた。

現場の仲間はニカイアを
見送りに浜に下りた。


ニカイアと俺は向かい合った。

ニカイアは何も言わずに、
強く俺を抱いた。

成長したニカイアの
堅い肉体を感じた。

「強くなれ。」

俺は別れのキスをした。


ニカイアが
乗馬しようとした時、
又三郎の声がした。

「待ってよー」

又三郎が走って
門から降りてくる。

ニカイアのもとに
かけつけると、
革の袋を渡した。

「食べ物、入ってるから。」

ニカイアは受け取った。

「あと、これ。」

又三郎は紙切れを渡した。

それは、ニカイアが破いた
父親からの手紙だった。

ニカイアはそれを手にし、
少し眺めていたが、
四つにたたんで
懐におさめた。

「ありがとう。又三郎。」

ニカイアが言った。

又三郎は
ニカイアを抱きしめた。

「さみしいよ。ニカイアが
いなくなっちゃうのは。」

ニカイアも抱き返した。

そしてお互いの頬を
左右交互に交し合った。


ニカイアの足が
あぶみにかかる。

馬の背にまたがると、
ローブが風を切って翻った。

長年、人を乗せてきた老馬は
ニカイアとの一体感を見せた。

ニカイアが手綱を握る。

朝日が、
ニカイアの背後に昇ってきた。

ニカイアの顔は影になって
見えなくなった。
それでも、
笑っているようだった。

乗っている馬も含め、
ニカイアの肉体は
生命力に輝いていた。

「じゃあ。」

そう言うと、ニカイアは
ふくらはぎを馬腹に当て、
走らせた。

あっという間に
ニカイアは走り去った。

ニカイアの影は
激しく上下しながら
遠のいていく。



戦士になって、
戦って死にたい。



死への欲動は、
消えることはないだろう。

食欲や、性欲と同じように、
死への欲動は、俺にもある。

けれども、

俺の体は、放っておいても、
やがて崩れていく。

そしていつか朽ちる。

そのとき、
俺という澱みから解放され、
この世界の中に
さらさらと、
流れていくんだ。

生きている今も、
俺の肉体は、
この世界を循環して、
通り過ぎているんだ。

こうやって、
考えている精神も、
その道すがらに、
ついでのように、
活動しているだけなんだ。



「ミゲーレ、満ちてくるよ。」

気づくと仲間はもうみんな
現場に戻っていた。

すごい勢いで、
波がミカエル山を
取り囲み始めている。

「あぶない、あぶない、」

又三郎と二人で
飛び跳ねるように
浜から上がっていった。