夜、又三郎の家に
行ったとき
ニカイアのことを訊いた。

「おまえとニカイアは
年がそう変わらないな。
でも、しゃべったこと
あまり無いの?」

又三郎は
座っている俺のひざの上に
頭を乗せ丸まるような
姿勢になっている。

「うん。ニカイアは
あまりしゃべらないよ。
ずっとあの自分のベッドに
こもりきりで。

どうしたんだよ。
今日は昼から
ニカイアのことばかり
気にして。」

俺は木箱にひじを置き
頬づえをついた。

「あいつ
もうすぐ16になるから
仕事を仕込むように
頼まれてるんだ。

しかし厄介な奴を
押し付けられたものだぜ。」

「へへえ。
ミゲーレ大変だね。」

「笑い事じゃないよ。
いつもニコルの目が
光ってるんだから。」

俺は又三郎の
濃い色の髪をまさぐった。
それはニカイアの髪とは
ちがい、波打っていた。

「なあ、あいつさ、
おまえと同年代のわりに
体が小さいと思わないか?」

「そうだね。背も低いし、
折れちゃいそうな細さだよね。
現場で働いてるところなんか
想像もつかないな。」

「だろ。あいつ、
ちゃんと食べてないんだ。」

「そういえば、
ニカイアが
食事してるところって
一回も見たこと無いな。」

「さっき言ってたよ。
ものを食べているところを
人に見られたく
ないんだってよ。」

「へえ。なんでだろ?」

「あの寝床に
張ったテントの中で
こっそりパンだけ
かじってやがるのさ。」

俺はぼんやりと
木箱の上に飾ってある
ルテキアの
スノードームを眺めた。

うっすらと埃が積もっていた。
土台に模られた
パン屋の店先の光景にも
埃が積もっていた。

「なあ、ニカイアのために、
パンに主菜を挟んで
サンドイッチを作ってくれない?」

「えっ?」

俺はスノードームを手に取り、
パン屋の店先の上に
積もった埃を指で払った。

又三郎は
しばし考えてから言った。

「もちろん、
余裕があれば
そうしてやりたいけど、
病人ならともかく、
一人のために
特別にこしらえることが
許されるかなあ。」

「まあ、忙しいのは
わかるけど。」

又三郎は体を
起こして言った。

「ミゲーレが直接、
親方に話してくれる?」

「そうか、
おまえの一存では
決められないもんな。」


そういうわけで俺は
二時半に起きて、
厨房係が仕事に入る前に、
調理長と話すことにした。