俺は朝食のとき、
厨房の又三郎に声をかけた。

「今夜ゲドウがロマリアに
旅立つんだ。絵が完成して、
法王に奉献しに行くんだって。」

「えっ、そうなんだ。」

又三郎は手を休めずに
応えた。

「見送りに行こうよ。
おまえも一緒に。」

「うん。行くよ。」




消灯時間後の
外出だったため
オギ副院長の許可を得た。




夜、ミカエル山を囲む海は
満潮を迎えていた。

物資を運ぶ輸送船が
小さな桟橋につけていた。

ゲドウはすでに絵を
船に運び込んでいた。

桟橋に、
ゲドウと又三郎と俺と、
三人でいた。

ゲドウは急に
又三郎のあごに手を当て、
船の灯りにかざすようにした。

絵師として、
又三郎の美しい顔を
目に覚えこませようと
しているかのようだった。

そのままの状態で、
又三郎は言った。

「ゲドウはうそつきだね。」

「信じるほうが悪いのさ。」

「しょうがないね。
許してあげるよ。」

又三郎は微笑んだ。
それを見たゲドウは、
絵師ではなく、
ひとりの人の顔になった。
それは悲しそうだった。

そのとき気づいた。

ゲドウは又三郎を
愛していた。

「ゲドウ、これからも、
みっともなく、無様に、
生にしがみつけよ。」

俺は言った。

「ふん。」

そう言って、
ゲドウは船に乗り込んだ。

船は音もなく滑り出していった。
16歳のまま止まっていた
ゲドウの時が動き出す。


かつて、こんな時があった。
qの骸を船で送り出した時だ。


ゲドウはこちらを
振り返ることもなく、
船室に入っていった。

「さようなら。」

又三郎がゲドウには
聞こえない声で言った。

船が遠ざかっていく。