亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~

足下に転がる死体が、扉の開閉を邪魔していた。


………血溜まりの中央で浮かぶそれは、腰から下が無い。

あっという間に絶命したらしいのか、目はかっと見開かれ、口は大きく開いていた。


………父だった。

…逃げそびれたのか。
「………ナセル…!」

たくさんの屍を避けながら、血と火の海を走った。

影に見つからぬ様、家の裏手に回り、そっと辺りを窺った。


………思わず、悲鳴をあげそうだった。





家の裏口に、母とミラの姿があった。




………ずるずると、バラバラになった身体を影に飲み込まれていた。






マリアは倒れている木から枝を折り、燃えている家屋の火をつけ、影に向かって振り回した。

「――やめて!!………このっ……!!………母さんとミラを返して!!」

影は火を恐れたのか、眩しそうに菱形の目を瞑り、ずるずると草むらに這っていった。


マリアは火の付いた枝を放り投げ、息を切らして汗を拭った。






ふと、草むらの手前に視線を移す。









煙と異臭が立ち込める薄暗い景色の隅に、小さなシルエットがあった。

声を出さずに泣いている。手足や顔は煤だらけだ。

返り血を浴び、全身真っ赤だった。