――ブオオオオオオ……


――敵方の警報だ。

どうやら見つかったらしい。丘の上から、ちらほらと松明の明かりが見え隠れする。

今夜は奇襲ではなく、単なる偵察であったため、敵に見つかることは承知の上であったが………予定より早い。
誰かが気配を消し切れなかったのだろう。
…どの未熟な兵士がそんな事をやらかしたのだ…

警報の音が徐々に大きくなり、多数の足音がこちらに向かって来た。

地に耳を付け、精神を集中させる。

………ものの二、三秒で状況を把握した。

「………二時の方向に三十。…三時の方向から番犬五匹。…犬は“ワイオーン”……臆する事は無いだろう…容易に退ける」

弾かれるようにその場で立上がり、息を潜める部下達に鋭い声をあげた。

「―――全員退避!“闇溶け”を開始!」

言い終えると同時に、今まで視界にあった兵士達の姿が、まるで煙の様に一瞬で消え失せた。

影も形も何も無い。音も無く、消えた。

あとは風だけが、草原を走り抜ける。

丘の上に、剣を握った敵の兵士が数人現れた。その後ろから、およそ体長二メートルほどの、犬に似た真っ赤な獣が続いていた。

傍らで相棒が牙をむき出し、興奮して地団駄を踏む。

今「行け」と一言でも言えば、即刻躍り出て敵の兵士の一人や二人の喉を切り裂くに違いない。
………だが、我慢だ。
なだめる様に、艶のある豹に似た、灰色の体を優しく撫でた。

「………気持ちは分かるが…お前も退け」

そう囁くと、相棒は素直に従い、くるりと後ろに向きを変えて走っていった。
何も無い闇に、先程の兵士達同様、あっという間に消えた。