流れる雫で汚してしまわない様に、大切に、大切に。
「―――…っ……ふ…………」
……再び唇を噛み締め、ローアンは薄暗い廊下の先に、涙で歪んだ視線を向けた。
空気を切り裂く刃を飛び越え、背後に回った。
……真新しい剣をブラリと握ったままこちらにゆっくりと振り返るのは、人間だ。
しかし、見下ろしてくる人間の目は、曇り硝子の様にぼんやりとした光を宿しており…………生気が無い。
……血塗れの紳士服に身を包んだ男。……腰から下に伸びる足は、ドロドロとした粘着質な液体だ。
突然廊下の壁から現れたかと思いきや、何処からか出した剣を握って容赦無く振り下ろしてきた。
…………昔…嗅いだ様な…覚えのある人間の臭いがするのに……………………半分は屍の臭い…………影の臭いだった。
どうするべきか、と迷っている暇は無い。
前から、後ろから、足元から…………同じ様に、半分影で半分人間の奇妙なものが続々と溢れ出てきた。
…………中には幼い子供もいる。
抉れた顔の傷跡が痛々しい。
ルアは角の青い玉を光らせた。
青い波紋がルアを中心に広がると、取り囲む人間達は眩しそうに顔を背け、少しずつ後退する。
………光に………聖なる光に弱い様だ。
―――途端、廊下の奥から、自分とは違う獣の唸り声が響いた。
薄暗がりの中に見えたのは、逆立つ赤い体毛。
………ワイオーンだ。しかしこちらも屍の臭いがする。
何かに威嚇するワイオーンの巨体が、瞬間、胴体から頭がもげるのが見えた。

