亡國の孤城 ~フェンネル・六年戦争~

温和な彼女は消え、代わりに凛とした意志の強いエルシアがローアンを見詰めた。

暗い廊下の向こうに真直ぐ、指を差す。




『…………行ってローアン。私達以外にも影は城中にいるわ。…………急いで』


……廊下を指差す華奢な手が、ドロリと溶けた。


「…………お姉さ…」

『最後のお願いを一つだけ………聞いてくれる?』

ローアンの声を遮り、エルシアは言った。



首から下は、もう真っ黒だった。

真っ白な肌が、墨を滲ませた様に…黒ずんでいく。















『…………………花嫁衣装………あの赤いドレスを………持って行って。…………………あの六年前の夜……城内は目茶苦茶になってしまって………。…………突風で……すぐそこの廊下の先にまで、家具や衣類と一緒に吹き飛ばされてたの』

指差した方向にドレスはあるらしい。
そう言ってきたエルシアの瞳は……切なくなる程…………酷く、悲しみに満ち溢れていた。



『………取ろうとしたのだけど………汚れてしまうから。それに…………………もう私には、必要無いもの………』


―――ズルッ…。















………最後まで残っていた、澄み切った瞳が閉じられた途端。


彼女の身体は崩れる様に……花が咲き乱れた地面に溶けた。











夜気が吹き込む、静寂と化した小さな中庭に、か細い姉の声が、流れていく。























『……生きて………花嫁姿の貴女を………見たかったわ…。…………綺麗な、貴女を』