ただ、なぜか落ち着くその声音に、気付けば頷いてしまう自分がいる。
「じゃ、またね」
笑顔で手を振ると、それだけ挨拶を交わして夏希さんが来た道を引き返していった。
“またね”か。
不思議な人……。
頬を撫でる風は、生温い。
遠くで、小さな子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
後ろ姿が見えなくなったところで、あたしは部屋へと足を踏み出した。
都会の一角に、あたしがいて。
今扉を開けば、向こう側に彼がいて。
本来の居場所に帰ろうと思えば帰れるのだけど、それじゃあ意味がない。
あたしの存在意義とか、必要性とか、わからないことばかりだ。
あたしに、いったい何ができるのだろう。
エレベーターで7階まで行き、手前から二番目の扉を開ける。
「ただいま」
靴を脱ぎ捨てながら、小さく呟いた。
瞬間に、甘い香りにふわっと包まれる。
「響、いるー?」


