「帰ろっか」
そう言って、あたしの頭にポンと置かれた手のひら。
「うん」
キャリーバッグを右手で引く彼の左隣に並んで、一歩を踏み出した。
帰るんだ。
あたしの家は、今日から別の場所になる。
公園を出て数分のところで、響が立ち止まる。
「ここの7階」
目の前には、大きなマンション。
エレベーターに乗って目的の階までたどり着くと、手前から二番目の扉の前で止まった。
どうやら、ここがあたしの新居らしい。
「ごめん、一瞬持って」
鍵を取り出すために、手元にキャリーバッグが戻される。
響が財布から部屋鍵を出して回すと、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
「一瞬だと、すぐに離すことになっちゃうよ」
つまらない理屈を口にすれば、彼はおかしそうに笑う。
「はいはい、じゃあ貸して」
それから、またキャリーバッグを奪って先へ進んでいってしまう。
「……お邪魔します」
躊躇いつつ足を踏み入れると、なんだか甘い香りがした。


