云えないコトノハ

手首を離せばのっそりと立ち上がり、ソファーに置き去りにされていた自身のかばんを持って戻ってくる。
その間に私は靴をはき終え、彼の準備が終わるのを待つ。

「こんな乱暴なやつが玲のいとこなんて……詐欺だ」

「聞こえてるけど」

「ひとりごとだよ!」

別に何でもいいけど、大きなひとりごとだな。

「行くぞ」

後ろ手でドアノブに手を掛けて一気に開け放つ。
私が先に出て、追うように赤江優希が続く。

ノブから手を離せば、それ自身の重みで自動に閉まる。
オートロックなので、鍵をかける必要はない。

人が疎らにいる広い廊下の中央を私と赤江優希は並んで歩く。
皆、赤江優希が怖いのか、次々に端によって道を開ける。

思わず声が漏れた。

「うわー、どこのお偉いさんだろう」

耳のいい彼は、この何気ない一言でさえも律儀に拾いあげる。

「腹の立つやつだな」

「誰のことだい?」

彼は舌打ちをして、もういいと投げやりに言った。

「お前が絡まれても助けてやんねーし」

「私は、自分の身くらい自分で護れる」

言えば、私の頭に重さがかかる。
ぽんぽんと子供にするように叩かれたのにムカッときて、乱暴に腕で払う。
その時、周りがざわついた。

どうしたんだろう。

周囲に目を向けると、一段と大きく騒ぐ。
不思議に思っていると、隣から気にするなと声がかかる。

「この学校ではよくあることだ。しかも玲はここ最近顔出さなかったしな」

赤江優希は寂しそうな顔を見せ、最後のほうになるとつぶやくような声色だった。

「お前は、玲以外に友達がいなかったのか?」

「そうだな」

即答する彼を、哀れみを込めた目で見上げた。