彼の目線の高さまで持ち上げられ、かろうじてつま先が床に触れるだけの私は苦しくて声が出ない。
さすがに危機感を覚え、拳を作ると聞き覚えのある音が鳴る。

あ……私のケータイ。

着信音に勢いをそがれた赤江優希の手からするりと抜け出し、ケータイを見ると、そこには今最も話がしたい相手の名前。

「おいお前!」

通話ボタンに触れようとした手を後ろの声にさえぎられる。
面倒ごとはご免被りたい。

「ん」

相手がわかるようにして彼の目の前に未だ鳴り続けるケータイを突き出す。

はじめは一歩引いて身構えていたが、電話相手の名前を見ると目を見開き私の手からケータイをひったくるように取り、背を向けて通話ボタンを押した。
耳にそれをあてがう彼は一声も発しない。
先ほどまで散々怒鳴っていたのがうそのようだ。

音が漏れてくることがないので、向こうの人が何を話しているのかはわからない。
無言でケータイを耳に押し当てている赤江優希を置いて、私は部屋をあとにした。