云えないコトノハ

一晩明けて前にする、玲と優希の部屋。
緊張するが、誰が通るかもわからない廊下に、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

大丈夫。
会長に勇気をもらってきた。

風神威士のカードキーに服の上から手を当てる。
目を閉じて、深く息をする。

覚悟を決めて、いざ。

玲のカードキーをかざして部屋を空ける。
目の前には赤江優希が壁を背に胡座をかいていた。
目も閉じて、座禅のつもりか。

いつかの場面を思い出すな。

「……………」

靴を脱いで静かに廊下を踏むが。

「……よぉ、朝帰りか?」

起こしてしまったようだ。

「はぁ……。何故ここにいる?」

「俺が自分の部屋にいることがおかしいか?」

部屋というか、扉開けてすぐの廊下。

「大層寝相が悪いご様子で」

「ちげぇよ」

よっこらしょと優希は立ち上がり、道を開けてくれた。

「いやー、その、な」

頭を掻きながら、彼は歯切れ悪く切り出した。

「昨日は言い過ぎた。わりぃ。………それだけ伝えたかった」

「………私こそ、気が緩んでいた。すまない」

「つーかさ、何で部屋から消えてんだよ。マジで正体バラす気か!? 俺から離れるんじゃねぇ! もっと玲のため慎重になれ!」

「ああ。すまなかった」

「心配してたんだからな……」

「……悪かった」

「………これでも俺は、お前を気に入ってるんだ」

視線を逸らし、ぼそりとこぼした彼の耳が淡く色づいていた。

「……ふふっ」

「何笑ってんだ! 俺はいま真面目に話してんだ!」

「はははっ」

「てめっ、いい加減に……!」

「ふはっ………。そうだな。すまなかった」

目尻にうっすら浮かんだ涙を指で拭う。

会長。
貴方のお陰で、優希と友人のように話せているよ。

あの時、風神に会えて良かった。
話したおかげで、一晩でこんな穏やかに彼の顔を見られる。

「んだよ、俺の顔になんかついてるか」

「そうだね。眉と目と鼻と口」

「俺はのっぺらぼうじゃねぇからな。かといって福笑いでもない」

「ははっ、福笑いの優希か。なれば、その釣り上がり気味の眦を落としたいのだが」

「ほぅ?俺が怒ってること。わかってるようだな」

顔が緩むのを止められない。
ボサボサ頭で凄まれても、ちっとも怖くないんだよ。

「つか、その服どうしたんだ」

「これ?」

袖と裾をまくった、サイズの合っていないスウェット。
近くの鏡に映るそれは滑稽であるが。

「薔薇の君からの借り物」

経緯を思い出して頬が緩んだ。

「それって………」

「今日も学校だ。頑張っていきましょう」

何か言おうとした優希の横をすり抜けて、玲の部屋に入る。
悪いが、優希にも話すわけにはいかないんだ。
これは、私と薔薇の君、ふたりの秘密だからな。