云えないコトノハ

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

使った食器を流しに持っていこうと手を出すが。

「あとは俺がやるよ」

風神威士に先を越された。

「ですが……」

「作ってもらったんだから、片付けは任せろ」

「一宿の恩は片付け込みです」

「貰いすぎだ。手料理だけでお釣りが出る」

いいからおとなしく座って待ってな。

という家主の命令に逆らえるわけもなく。
ソファに身を預ける。

手持ち無沙汰だ。

キッチンから聞こえる水音に耳を傾けていると、ポケットが震えた。

二つ折りのそれを開くと、メールが一件届いている。
差出人の名前は、達富玲。
風神がまだ遠くにいることを確認してからメールを開く。

『久しぶり、元気にしてますか? 僕は家庭教師を雇って猛勉強してます。優希とは仲良くやってる? 優希はほんとにいい人なんだ。いつも僕を助けてくれる、たったひとりの大切な人なんだ。僕の大好きな優希と麗が仲良くしてくれると嬉しいです。早く学校に戻れるよう頑張るからね!』

ふっ…、盛大に惚気られたな。
かつ牽制もされた。
優しい彼の葛藤が微笑ましく、すぐに返事をうつ。

『玲にいい人ができて、嬉しく思う。彼は玲がいつでも戻ってこれるよう、心を砕いている。話しは変わるが、近くの席の2人。斎賀沙貴と玉川弘海と仲良くなったよ。彼らとの間に何かあれば、優希を頼るといい』

私は、玲から優希を取ったりなんてしないよ。
それに、優希の目には玲しか映っていないよ。

最後に、今日の授業の問題をひとつ添える。

送信したところで、キッチンから戻ってきた彼。

しまった、風神威士の事、報告するの忘れてた。

「布団持ってくる」

「僕も行きます」

ソファーから腰をあげる。

「お客さんなんだから、座ってていいよ」

「そればっかりですね。働かざる者存在するべからずですよ」

「大袈裟だなぁ。じゃあ、手伝ってもらおうかな」

「なんなりと」

苦笑して折れた風神威士について行く。
物置部屋から、ケースに入れられた布団をふたりで運び、ソファー横に広げた。
シーツを敷き、形を整えてると、隣からどさりと物が落ちる音がした。
見ると、風神威士は私と並べて布団を敷きだす。

「今日はここで寝るよ」

「そうですか」

彼の答えに頷いて、止まっていた手を動かす。
ほとんど接点の無い人を泊めるのだ。
これくらいの警戒は当然の事だな。

布団を敷き終え、いざ寝ようかと制服の上着を脱いだところで、制止の声がかかる。

「先にシャワー浴びてくるといい。脱衣所に必要なものは揃えてある」

「いや、そこまでしていただくわけには……」

「家主命令だ」

彼は引きそうにない。
服のまま、風呂に行かず布団に入るのは彼のルールに反するのだろう。
ならば、ここは素直に従うべき。

「お借りします」

「どうぞ。あそこのドアだ」

指したのは、玄関に一番近い扉。
上着とネクタイをソファにかけてから、そこに入った。

彼の言った通り、新品の下着の下に、彼のものだろうグレーのスウェットが畳んである。
手早くシャワーを浴びて、それらに身体を通した。
どうしても余る裾袖を何回か折り、不恰好な長袖長ズボンに。
着ていたズボンはシワにならないよう畳み、ワイシャツに下着類を包む。
それらを持って出れば、家主はドライヤー片手に手招きしていた。
誰を呼んでいるかなんて、考えるまでもない。
ワイシャツ達を鞄に押し込み、彼の元へ。

「こっちに来い。乾かしてやる」

あまりに楽しそうにするものだから、これも宿泊料だと背中を預け、されるがままになった。
鼻歌を歌いながら、撫でるように乾かす手は気持ちがいい。
短い髪だから、それもすぐに終わる。

「ありがとう」

「ああ。……ちょっと待ってな」

優しくぽんぽんと頭を撫でられた。
代わるように風神威士が風呂へ行き、10分も経たずしてあがってきた。
濡れた金髪は、彼を幾分か幼く見せる。
私と色違いの黒のスウェットは七分丈に折られ、手足の長さを引き立たせる。

さて。
今度は私が、彼の髪を乾かす番だ。

「申し訳ない。僕がいるから、ゆっくり風呂にも入れない」

「謝ることはない。俺が呼んだんだ」

ぽつり、こぼした謝罪を拾い、彼はにかっと笑った。
聞かれていたのが恥ずかしくて、彼の髪に指を通すことに集中した。

並べた布団にそれぞれが体を横たえたところで、風神威士がリモコンを手に取る。

「電気消すぞ」

「はい」

応えれば、部屋は次第に暗くなった。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

互いに挨拶を交わすと、私はすぐ眠りに落ちた。