云えないコトノハ

沈黙。

ちまちま飲んでは家主の動向を気にする。
彼も、缶に口付け、私のことを気に掛けているようだ。

互いが互いに距離をはかりかねている。
へんな緊張感がこの空間にあった。

失恋を慰めてもらった後だから、無理もないのだろうが。
余計な気を遣われている感が否めない。
つい今朝会ったばかりの私達だ。
いくら宿を求めていたとはいえ、来るべきではなかった。

そんな時、空気を読めない自然の欲求は大いに助けてくれるもの。
電化製品の稼動音ばかりの中、切なげに鳴いた。

「……なんか、腹減らね?」

苦笑して尋ねられ、空気が幾分和らいだ。

「そうだね。お礼に何か作ろうか」

「そんな、俺が招いたんだから、ゆっくりしてよ」

「冷蔵庫借ります」

強引に話しを進め、冷蔵庫を開ける。
飲料ばかりで食材が見当たらない。

「この階にはルームサービスがあるから、自炊ってなかなかしなくて……」

棚を物色し、材料を確認した。

「御曹司が自炊を考えるのは凄いことだと思う。……フライパンに調味料もあるな」

これだけあれば十分だ。

「恥ずかしいな。君を部屋に招くと知ってたらもっと練習したのに」

「僕が作ると言ったよね。おとなしくお待ちください」

隣でうるさい風神威士をキッチンから追い出す。
ここは今から十数分だけ、私の城となる。

大きめの鍋に水をたっぷり入れ、沸騰したらパスタを投入。
用意した材料を切り、フライパンに油をしき、炒める。
これらを同時にこなし、最後に和えれば完成。
所要時間15分といったところか。
2枚の皿に盛り、風神威士の待つテーブルに向かう。

「お待たせしました」

彼の前にパスタの皿と、スプーンとフォークを並べる。
隣に私のぶんも置き、腰を落ち着ける。

「さあ、召し上がれ」

「いただきます」

手を合わせ挨拶してから、スプーンとフォークを器用に操る。
目の前で私の作ったものが彼の口内に消えるのを見守る。
いくら応えがわかっているとはいえ、目の前で食べられると緊張するな。

「うん、美味しいよ」

「でしょう?」

彼の感想に安堵して、パスタにフォークをのばす。

美味しいのは当然だ。
なんたって『familiar』のマスターに教わったメニューなのだから。

風神威士は美味い美味いと連呼し、平らげてくれた。
そんなに喜んでくれるなら、作りがいがあるよ。