云えないコトノハ


「役に立てたようで良かった」

彼が居たことに、どんなに救われたことか。

「……彼氏募集中なら、相手に俺なんてどうだろう。自分で言うのもなんだが、優良物件だと思うぞ」

「会長、すみません。何か言いましたか?」

「………何でもない」

顔を上げると、風神威士は口元を押さえて横を向いた。
考え事をしていたせいで少々聞き取りづらく、聞き返したのがまずかったかと思った。
けれども、髪の隙間から覗く赤い耳が照れているだけなのだと教えてくれた。

だがここで、ひとつの問題が解決すれば、次の問題が浮かんでくるもので。

「もう遅い時間だし、部屋まで送ろう」

「いや、僕はまだここに居ます」

彼からのせっかくのお誘いだが、私には部屋に行けないワケがある。

飛び出してきたばかりなのに、何ともない顔をして優希のいる寮部屋に戻るのは居た堪れない。
だからといって、知り合ったばかりのクラスメート、沙貴と弘海の部屋もこんな時間から押しかけるのは迷惑だろう。
こうなったら、玲のマスターキーで教室の鍵を開けるか……。
いや、先の事を考えると無闇に使わない方がいい。
残る手段は、野宿か。
それもまた、乙なものだ。

「だったら、俺の部屋に来ないか?」

「会長の?」

私の気持ちを察したのか、彼はふたつめの提案をした。

「ああ。会長特権で一人部屋、広さも十二分。決して悪い話しじゃない」

同室者に気を遣わず済む、屋根のある部屋。
悪くないな。

私はしばらく考えた後。

「では、お邪魔してよろしいかな」

彼の提案に乗ることにした。

手を取られ、薔薇園を出て、無言のうちに寮に着く。
エレベーターに乗り込み、風神威士がカードをかざすとそれは自動で動き出した。
ここに来るまで運良く人と会うことな無かった。
そして、扉が開く。

「ここが寮の最上階。俺たちの部屋がある階だ」

ふと、理事長室に行った時のことを思い出した。
あそこまで酷くはないが、毛足の長い絨毯と、ささやかな装飾の施された扉もある。

「ここに住むのは俺達生徒会と、風紀の委員長と副委員長だけだからな。エレベーターも専用カードがないと来れないようになってる」

先を行く風神威士の半歩後ろから追う。
扉と扉の間隔が広い。

「さて、ここが俺の部屋だ」

彼はカードを機械に読み取らせ、扉を開く。

「何もない部屋だけど、自由にくつろいでくれ」

促され、私は家主より先に部屋に入った。
玄関は大人が4人立っても窮屈でない広さがある。
靴を脱ぎ揃え、奥へと足を運ぶ。
カウンターキッチンの横を過ぎると、大部屋の真ん中にL字型ソファと一人掛けのそれの間にガラスのローテーブル。
別室へと繋がるだろう扉が3つ。
広くしただけで、創り自体は玲と優希の部屋と変わらないものと推測する。
とりあえず鞄を床に、L字型ソファに腰掛けると、横からひょいと缶ジュースを渡された。

「こんなもんしかないが」

「お構いなく」

受け取り、プルタブを開け、一口頂く。
風神威士は隣に座り、同じジュースを飲んでいた。