さっきはつい舞い上がってしまったが、いまさら考えなくとも、優希の行動の全ては達富玲の為。
私と行動を共にするのも、私を心配してくれるのも、こうして触れてくれたのも。
総ては、玲がいつでも帰ってこれるように。

彼にとっての私は、玲の代わりにもならないと初めからわかっていた。

解っていたのに、なんでかな。
目頭が焼けるように熱い。

けれど、それだけ。
視界が揺れることもなければ、滴が流れ落ちることもない。

「………っ!」

ここに居たくなくて、鞄を持ったまま部屋を飛び出した。

いつも使うエレベータを素通り、階段を一気に駆け下り、外に出る。
どこに行くわけでもない。
ただ、じっとしていられないだけ。
動いていないと、考えなくてもいいことまで考えてしまいそうで、怖かった。

走り続けてどれくらい経っただろうか。
一瞬だったようにも、永遠にも思えた時間が唐突に終わる。

月明かりだけだったところに人工的な光がちらつく。
私は走ることを止め、導かれるようにそこに足を向けた。

やがて目に飛び込んできたのは、ほんのりライトアップされたバラ園だった。
朝とは違う雰囲気をかもし出しているが、同じ場所だ。

幻想的な空間と、天然のアロマセラピーを全身で感じ、少し落ち着いた。

ちょっとだけ、ここで休んでいこうとバラのアーチを潜る。
東屋のひとつを見ると、そこに座っている人影を見つけた。

誰かなんて、確かめるまでもない。

それは私と目が合うと、一瞬の間の後、すぐに駆け寄ってくる。

「どうした、何があった?」

彼、風神威士は私の前で片膝をつき体を落とすと、恭しく私の目元を指で拭った。
その表情は、心から私を心配してくれているもので、鼻がつんとする。

流れてもいない涙を何度も拭うふりをする彼の指はやがて離れ、何も言わず、そっと私を腕の中に閉じ込めた。
抵抗する気もなくされるがままでいる。