寮部屋に帰ると、物音を聞きつけてか、優希が共同スペースに顔を出した。

「遅い。何処に行ってたんだ」

「あー………」

すごい剣幕で立ち塞がる彼。
そういえば、優希一人教室に残してきたんだったか。

「昨日言い忘れていたが、今日から私用で帰るのが遅くなる」

だから、先にご飯食べてくれて構わないと伝える。
すると彼は興味無さげに頷いて道を開けてくれた。

詮索されなくてよかったと内心息をつく。

実は風紀のツートップとは不良仲間で、頼まれて風紀委員になりました、なんて言えるわけない。

靴を脱いで、優希のいる共同スペースへ行く。
ドア付近で立つ彼の横を抜ける瞬間、舌打ちされた。

「…てめーは、もっと自分を大事にしろ」

吐き捨てるように呟いた優希に気付いて、半歩の距離から彼を見上げた。
今まで心配されることなんてなかったから、空耳かと疑った。

総長なんて立場にあると、必然的に頼られることが当たり前になっていて。
なまじ何でも出来たから、心配されることとは無縁で。

言葉もなく、ただただ優希を見上げていると。

「何を勘違いしているか知らねぇが、お前が女だってバレたら玲が戻ってこれなくなる。そこんとこ、わかってんだろーな」

ぎろりと睥睨され、私は息を呑んだ。

彼以上の鋭い視線なんて、両手で数え切れないほど受けた。
そのどれにも怯んだことなんてなかったのに。

彼の手が伸びてきて、反射で目を閉じ、殴られる覚悟を決めた。
しかし、想像していた衝撃はやって来ず、あるのは頭への心地よい重み。

「悪ィ、大人げなかった。そーいやお前、女だもんな。投げ飛ばされたり引き摺られた印象が強くて、すっかり忘れてた」

最後にわしゃっと髪を乱し、手はあっさりと去った。
はっと目を開け、それを目で追うと、彼は一度も振り返らず自室に消える。

「優希……」

彼の触れた頭に手を置く。
そこにはまだ優希の手が乗っている感じがした。