軽く会釈すれば、彼はぼそりと唇を動かした。
音は届かなかったが、その唇は『天花寺』と発したように思う。

「彼は優秀なシステムエンジニアで、昔はよく生徒会の奴らと取り合いをしたもんだ」

「今でも時々勧誘がありますよ。その都度僕は風紀を辞めるつもりは無いと申し上げるのですが、聞く耳持たず……。あまつさえ、構って欲しさかクラッキングを仕掛けてくる始末。本当、生徒会って暇なんですね」

光紀の話に入ってきた松本の指は、リズムよくキーを叩いたまま。
その表情はどんどん険しくなっていく。

「つかぬ事をお伺いしますが、天花寺って、あの天花寺ですか?」

「あのって、どの……」

「今、風紀のシステムが攻撃されていまして、敵を落としていただけますか? 僕は防衛に徹しますので」

松本は、李白の質問に答えず、言うだけ言って黙り込んでしまう。
それだけ追い詰められているということか。

「………私でよければ」

とりあえず風紀のシステムを救うのが先か。
鞄から画面を取り出しテーブルに立て、バーチャルキーボードを機動させる。
そして、テーブルに赤い光で描かれたキーを叩いた。
風紀のシステムに攻撃している相手を特定して、そこに侵入。
頼まれた通り、システムダウンさせてきた。
これくらい造作も無い。
松本は肩を大きく回して伸びをする。

「ふぅ……。助かりました、流石は天花寺ですね」

「これでよかったのか?」

「いいんです。犯人はわかってますから」

うふふと黒い笑顔をする松本。

「あの人達は風紀のシステムを練習場と勘違いしているのではないか、と、たびたび思うのですよ」

「確かに、こんな頑丈なシステム、腕に自身のある者なら破りたくなるな」

私は風紀のシステムを見て、頷く。
わざわざ防衛に徹する必要も無いくらいの出来だ。

「お褒めにあずかり光栄です。僕の父が天花寺様の会社のシステム部門につとめております関係で、僕も少々その道をかじっておりまして……」

「そうか」

天花寺の家業はIT関係のもの。
親の仕事の真似事をするのはよくある話。
ハッキングなんてお手の物だ。

「君は将来有望だな」

正直な感想を述べれば、彼は恥ずかしそうに目を逸らす。
おや、先ほどまではあんなにしっかりしていたというのに。
このくらいで照れるとはな。