「おかあさん」と言いそうになった唇を噛み、目の前の女の子を凝視していると、彼女は口元を隠していた手をスクールバックの持ち手にゆるく掛け、ふんわりと微笑んだ。

「おはよう。あなた、今日から来る転校生でしょう?私、生徒会長の静川美代子、よろしくね」
「しずっ、河野美晴です。よろしく……」

 静川美代子。お母さんの名前だ。

 差し出された手に答えるようにゆるく握手をするけれど、ここに来た時よりもいっそう頭の中がぐちゃぐちゃに混乱した。いや、混乱しているのは答えが出ているのに認めようとしないせいだ。だってこんなこと、認めたくない。誰かが私を揺すってくれたらいい。運転手のあのおかしな声で「阿部東、阿部東。お降りの際はお忘れ物のないようご注意ください」と言えばいい。そうすれば私はこんな夢から覚められるのに。

「どうかしたのかしら、どこか痛むの?」

 俯く私の顔を覗き込む彼女の行動や、困った表情はお母さんとそっくりだ。首を少し傾げる仕草も、こっちが目を逸らしたくなるなるほど目を真っすぐ見てくるところも、ぜんぶ。小さい頃は悩んでいるときにいつもお母さんにこうして顔を覗き込んでもらうだけで安心できた。何も聞いてもらわなくても、お母さんの瞳に私だけが映っていることで心が満たされて、悩み事なんてどうでもよくなっていた。高校生になってまでこんなことをしてもらわないから忘れていたけれど、ゴチャゴチャに混乱していた頭がスッと落ち着く。そして、私は出ていた答えをゆっくりと飲み込んだ。

 私は昔に来てしまった。