暖かい車内に満ちる喧騒にも負けないほどの音量で聞こえるアナウンスが、阿部東駅から数駅離れた、私の通っている青翔高校の最寄り駅の蜂須賀駅の名前を告げ、夢に潜っていた意識が弾けるように現実に引き戻された。冬独特の寒さを覚悟して乗り込んだ時よりも素早く電車から降りると、冬期休暇だというのに制服を着た沢山の生徒が電車から降りてきた。生徒たちは、立ち止っている私を邪魔くさそうな顔で見ながら次々と改札口に向かっていく。まるで今から学校に行くのが当たり前のように。


かなしいのほし
Act.03 タイムスリップ・トレイン


 人波がひき、駅のフェンスの向こうに植えられた桜の木が見えた。桜の木は新芽を孕み、青々とした葉で覆われている。ホームに吹いた生温い風が、私の頬を撫でる。周囲を見渡すと、駅名と隣駅が書かれた看板にあるはずの蜂の落書きはなくて、いつもより色が鮮やかであることに気付く。沢山の生徒にもみくちゃにされたことで一瞬、駅のこの風景がいつも通りであるように感じたけれど、そんな筈がない。ホームのベンチや看板が綺麗であることや、この駅が終点になっていること、そして何より今の季節が春だなんておかしすぎる。ベンチも看板ももっと雨風に吹かれてぼろぼろになっているはずで、この駅には線路が続いているはずで、今日は寒さの厳しい大晦日であるはずなのに。

 混乱している頭を抱え、小さく呻き声をあげる。なんで、こんなおかしなことになっているの。ただ私はお祖母ちゃんの家にお節を取りに行かなきゃならなくて、その途中で電車の中で居眠りをしてしまっただけで、場所じゃなくて時間を移動したようなことって、あり得ない。あり得る筈がない。

「も、もしかして夢のなか……?」
「お生憎、現実よ」
「うわあっ」

 もう誰もいないと思っていたホームで女のひとの声が聞こえ、その方へ体を勢いよく向けると、青翔高校の制服を着た同年代の女の子が口元を隠してクスクスと笑っていた。重そうなスクールバックを肩に掛け、少し黄味を帯びた黒い髪をポニーテールにして、校則通りに制服を着たその子は、髪型は全く違うけれど、1年ぶりに入った部屋で見た写真の中にいたお母さんにそっくりだった。